開発から量産への道を開いたマイナスバランス修正 - ドローン用小型軽量モータ

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産業用ドローンの普及を、モータで後押し

「よくここまで振動が抑えられましたね」。開発したモータのサンプルを手のひらで回転させて振動を確認しながら、ドローンメーカーのお客様は満足した顔で言いました。ALビジネスユニット(Automating Life & Work Business Unit) 技術部 開発設計1課の花岡保雄は、「これで、開発設計部門と生産技術部門が一体となって挑戦した苦労が報われる」と確信しました。
ASPINAのエンジニアが一丸となって、お客様からの要望を受けて挑戦したこと。それは、極限まで振動を抑えた、ドローン(マルチコプター)用小型軽量モータの開発でした。

2014年当時、一部のラジコンマニアが試しに使っていた程度のドローンが、あるテレビ番組で空撮用に使われました。それを見て興味を持ったALビジネスユニットのメンバーが調べてみると、従来のラジコンヘリコプターに比べて飛行の安定性がよく、操作もしやすいことから、今後は特殊な訓練を必要とせず誰でもが手軽にドローンを活用できるようになると感じました。
またアメリカでは、Amazonがドローンを活用した配送サービスを発表するなど、ドローンのビジネス利用の可能性に、世界中から注目が集まり始めていました。

しかし、ドローンを本格的に産業用途で利用するにあたって、「安定した飛行を可能にするために、故障や不具合の少ない部品を採用したドローンを使用したい」と、事業者ユーザーは考えていました。当時、ドローン向けの部品を提供していたのは主にホビー業界向けのメーカーだったので、飛行時にふらつきがあるなど安定性が低かったのです。
「ASPINAで培ってきたモータ開発・製造技術があれば、ドローン向けにも安定した性能が提供できる小型で軽量なモータが作れるのではないか」。ALビジネスユニットのエンジニアがそう感じていた頃、あるドローンメーカーから産業向け空撮ドローン用に、小型で高出力、軽量、低振動なモータ開発の相談がありました。

ドローンは飛行機やヘリコプターと違って、上下だけでなく前後左右の動きもすべてモータに依存しています。ドローンが複数のモータを使って、安定して空を飛ぶには、個々のモータに振動のばらつきが生じないことが必須です。空撮を行う際には、振動によって映像のブレが生じることを防がなければなりません。

「低振動のモータをドローンに採用したい」という、お客様の要望は切実でした。ですが、お客様も手探り状態で、具体的にどこまでモータの振動を抑えればいいのか、どのような振動が問題になっているのかなど、定量的な数値は知りません。客観的に判断できる定量化された数値があれば、その数値を手掛かりに振動の原因を特定していくこともできますが、今回はまさにゼロからのスタートでした。

こうして振動の原因を特定するところから、ASPINAの低振動への挑戦が始まりました。

低振動の鍵、高難度のバランス修正技術

モータの振動の主な要因は、回転子(ロータ)の重心の偏りです。そのため通常のモータでは、回転子にベアリングなどの構成部品を組み付ける前の状態(回転子状態)、すなわち部品レベルでバランスの偏りを修正し、振動を抑えて製品としての精度を保っています。

しかし、ドローン用モータと同じ小型サイズのアウターロータモータは回転数が3,000rpm程度なのに対し、ドローン用モータの回転数は5,000rpm以上という高回転で動作します。そのため、モータのわずかなバランスの偏りが振動を発生させる要因になります。
さらに、モータには軸受けが2つあり、これらはモータを組み上げる際に取り付けられます。ASPINAでは過去に、あるお客様から依頼を受けて設計した製品で、回転子状態でバランス修正を行っても、モータを組み上げた時に2つの軸受けの隙間や磁気回路の影響などによって、モータに振動が発生することが分かっていました。
このような経験から、ALビジネスユニットの開発設計チームは、最終的にモータを組み上げた状態(モータ状態)でのバランス修正を行うことにしました。

回転子状態でのバランス修正の振動

モータ状態でのバランス修正の振動

バランス修正の方法には、軽くなっている部分にウェイトを貼り付けて重くする「プラスバランス修正」と、重くなっているところを削って軽くする「マイナスバランス修正」があります。通常のモータでは、削るための「張り出し」を設けるなど構造が複雑になるマイナスバランス修正よりも、シンプルな構造での修正が可能なプラスバランス修正の方が選択されます。

しかし、ASPINAでは開発設計チームと生産技術チームによる試行錯誤の結果、高精度なバランス修正の実現とドローン用モータの量産化を両立するために、マイナスバランス修正を選択することにしました。

開発設計担当者と生産技術担当者の密な連携で製造工程における課題を解決

生産技術チームは、当初プラスバランス修正による加工方法をいろいろと検討し試しました。ところが、モータ状態でプラスバランス修正を行うには回転子が筐体に隠れてしまい、ウェイトの貼り付けが非常に困難でした。また、ウェイトは数ミリグラムという針先に載せるような量を手作業で貼り付ける必要がありました。生産技術チームとしては、今回求められている精度のモータを量産するには、プラスバランス修正は作業工数が多く非効率的で、選択すべきではないと判断したのです。

モータ状態でのマイナスバランス修正作業では、モータ本体の一部をドリルで削り、1000分の5グラム単位で軽くします。この削る場所を確保するため、開発設計チームはモータの設計を変更し、削るための張り出しを設けました。一方で、お客様が求める小型化を実現する上での障害にならないように、張り出しはできる限り薄く設計しました。

モータ本体の一部を1,000分の5グラム単位でドリルで削る

また、生産技術チームはマイナスバランス修正のために、張り出しのどこを削ればよいのかをバランサーという機械で測定し数値化しました。その数値をバランス修正機に入力し、ドリルが自動的に穴を開けて修正することで、工程を自動化させることができました。

実際にバランス修正工程で張り出しをドリルで削ると、切粉(切りくず)が出ます。その切粉も金属なので、何もしなければモータのマグネットに吸着されてしまい、致命的な故障の原因となります。
そこで、生産技術チームは、張り出しを削る際に切粉が本体に進入しないよう、ドリルと本体の間に隔壁を設けました。それだけでは切粉の進入が防げなかったので、バキューム装置を使ってドリルで削る際に周りから切粉を吸引することにしました。
さらに、隔壁のシャッターの僅かな隙間から進入するバリ(ドリルで穴を開ける際に穴の縁に残るわずかな金属の突起)が発生しない製作条件まで徹底的に突きつめることで、ようやくこの課題が解決できました。

また開発設計チームは、お客様からの軽量化の要求にも応えるために、磁気回路以外には高強度アルミを採用しました。これにより、マイナスバランス修正で削る場所には鉄とアルミの2種類の材質が存在することになります。当初、この異種金属の加工が原因となり、加工途中にバランス修正機が停止するトラブルが頻発しました。そこで生産技術チームは、社内の加工部門や工具メーカーにもアドバイスをもらい、試験を繰り返します。度重なる試験の結果、ようやくバランス修正機が停止することなく加工が継続できる、最適な工具と条件を割り出すことができました。その条件をもとに設備を改造し、さらに適切なメンテナンス周期を定めることで、トラブルの抑制と円滑な運用が可能になり、お客様の要望を実現する量産化が達成できたのです。

通常の製品は、開発設計が終了した段階で生産技術部門に量産化工程の構築が引き継がれます。しかし今回の製品は、開発設計の段階から生産技術部門が関わっています。バランス修正の方法の検討から製造工程の構築まで、開発設計部門と生産技術部門のエンジニアが一体となって課題解決に取り組んだからこそ実現できた低振動と量産化でした。
「開発設計の段階から量産化のための数々の工夫を行ったことで、製造コストを抑制できました」(ALビジネスユニット 技術部 生産技術課 大澤芳輝)。このようにしてASPINAは、お客様製品の普及につながる品質とコストを実現したモータの開発に成功しました。

どんな用途でも安心してドローンに搭載できるモータを提供

ASPINAのモータを採用したドローンは、「飛行の安定性が向上し、空撮した映像の乱れが少ない」といったご評価をいただきます。

今後は、さらに小型のドローン用モータを開発する予定です。小型にする分、出力が減るのでプロペラも小さくなり、推力を出すために回転数を上げる必要が出てきます。回転数が上がるとわずかなバランスの偏りで振動が発生しやすくなります。また、小型になるとバランス修正に必要な張り出しも小さくなるため、さらに修正作業に正確さが求められるでしょう。ASPINAでは今回の経験を生かして、バランス修正手法をさらに進化させる必要があると考えています。

ドローン活用において今後期待されていることに、ドローンを安心して飛ばすためのトレーサビリティの充実と故障予知の向上があります。トレーサビリティとは、ドローンにトラブルが起きた時にその原因を迅速に追えるように、不具合を起こしたモータがいつどのような状態で作られたのかが追跡できるようにすることです。また、故障予知の能力が向上すれば、モータやドライバに不具合が出そうになったら自動的に飛行を中止したり、飛行中ならば墜落する前に不具合を予知したりして、安定的に地上に下ろせるようになります。

このように、安全かつ安定して飛行できるドローン技術によって、ドローンの活用は空撮や配送サービスだけでなく、人がいる屋内での監視や風の影響を受けやすい場所でのインフラ点検(橋梁やトンネル、電送線、他)など、さまざまな分野に用途が拡大しようとしています。

橋梁などインフラ点検でのドローンが利用に期待

ASPINAでも、ドローンをより安全にするために、モータの異常をどのように捉え、どのようにセンシングして、故障を予知するのかなど、さまざまな課題を探索しています。

ASPINAは開発技術と生産技術を連携させ、今後ますます求められる安全性向上に貢献し、拡大するドローンの需要に応えていきます。